2017/11/01

#0032 1975年11月13日 ユニオン・ジャズ・イン

VAN99ホールは 渋谷の青山通りにあった VANヂャケット本社の1階をホールに改装 客席99席 入場料99円としたことから 99HALLと命名された VANの創業者である石津謙介が演劇を主に 若者文化を公開する場所として提供した箱だった

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1964年に結成された「東京ユニオン」の4代目リーダーに高橋達也が就いたのが1966年 赤坂のクラブ「コパカバーナ」を活動拠点にしながら コニー・フランシス パット・ブーン スティービー・ワンダーのバックを務め TV出演も多く ジャズを演奏するビッグバンドとして人気を博していた

この日のコンサート「ユニオン・ジャズ・イン 」は VAN99で定期的に開催されることになった 第1回目

出演は 高橋達也,川端利美(ts) 中山進二,堀恵二(as) 石兼武美(bs) 橋爪智明,内田清高,岡田光一,小杉一郎(tb) 多田善文,我孫子浩,横山均,金沢尚(tp) 金山正浩(p) 杉本和弥(b) 海老沢一博(ds) ゲストシンガーは黛ジュンだった

高橋達也と東京ユニオンは ’89年に「日本レコード大賞」のステージを最後に活動を休止したが バンド・メンバーだった角田健一(tb)は 解散時のメンバーを中心に「ビッグバンドよ永遠に!」を掲げて角田健一ビッグバンドを結成して 現在も活躍している

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#0026 1975年11月10日 レイ・ブライアント

マイルスやロリンズと共演したほか カーメンやアレサ・フランクリンの伴奏者としても有名なピアニスト:レイ・ブライアント 母は音楽教師 父親(ds)と兄(b)もジャズ・ミュージシャンで ケヴィン(g)/ロビン(tb)のユーバンクス兄弟の叔父さんにあたる チャールス(p)とデビッド(b)・ユーバンクス兄弟はケヴィンとロビンの従兄弟にあたる 思いっきり音楽一家の家系

19751110_0029g2s 19751110_0028e2s さて ソロ・ピアノの撮影は 当然被写体はたった一人な訳で カメラマンは楽だろうと思われるかも知れないけど・・・実はそうでもない

ステージ前からカメラを覗くと ピアニストは常に右向き 鍵盤と手指が見えて 表情も撮りたいとなると カメラ位置はかなり限られてしまう どのカメラマンもそんな絵柄を撮りたいもんだから ピンポイント的なベスト・ポジションに何人もが集中するわけだ

ピアノ1台の音量はさほど大きくないから 自分も含め他人のシャッター音も気になるし 何より背後に感じる3千人もの視線が背中に突き刺さる思いだ(郵便貯金会館ホール)

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2017/10/26

#0019 1975年10月26日 サド・メル Orch

サド・メル オーケストラは ‘60年代にニューヨークで生まれたThad Jones と Mel Lewis 率いる 革新的なジャズ・オーケストラだった

19751026_0021f5s 19751026_0022c2s ’70年代の終わりに Thadが抜けて Melが ’90年に亡くなってからは 活動拠点にしていたジャズ・クラブ「ビレッジ・ヴァンガード」の名を冠して “The Vanguard Jazz Orchestra” として活動を続けている

19751026_0020c5s 19751027_0025e6s 僕が頻繁にNYに通ってた ’80年代には “Mel Lewis Jazz Orchestra”として 毎週月曜の夜に「ヴァンガード」で演奏していて 何度か観に聴きに行ったのだけれど・・・

ちょうどその頃 同じ月曜の夜に もぉひとつの人気ジャズ・クラブ「スイート・ベイジル」では ギル・エヴァンスのマンデイ・ナイト・オーケストラが演っていて 選択に困ったものだった

ま どちらも素晴らしいバンドだから どちらを選んでも Monday Night(問題無いと) ^o^;

双頭リーダーが揃った18人編成のサド・メル オーケストラ 3度目の来日公演 @芝 郵便貯金ホール

THAD JONES & MEL LEWIS ORCHESTRA
Thad Jones (flh,ldr) Mel Lewis (ds) Al Porcino (tp) Cecil Bridgewater (tp) Sinclair Acey (tp) Waymon Reed (tp) Billy Campbel (tb) Earl McIntyre (tb) John Mosa (tb) Janice Robinson (tb) Pepper Adams (bs) Jerry Dodgion (sax) Frank Foster (sax) Edward Xiques (sax) George Herbert (sax) Walter Norris (p) George Mraz (b) Janita Flemming (vo)

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2017/10/25

#0017 1975年10月21日 土岐英史@新宿タロー

「JAZZ CLUB タロー」は 現「BODY & SOUL」のオーナー:関京子さんが 1964年に日本初のジャズ・ライブ・ハウスとして新宿歌舞伎町に開店した

新宿は タローの他に「DIG」「木馬」「PONY」「ヴィレッジ・ゲート」や 今も健在な「PIT INN」などのジャズ喫茶があって ‘70年代若者文化の中心的な街だった

19751021_0017d1s 19751021_0017g6s 1975年に初リーダー作「TOKI」を発表した土岐英史(as)を撮って来い と言う命を下された新米カメラマンは 新宿に向かい タローに続く薄暗い階段を上がった・・・

スイングジャーナルのカメラマンに抜擢されてまだ1ヶ月 ライブ撮影は 大ホールでの経験が2度あっただけで ジャズ・クラブでの撮影はこれが初めて 明るい(高価な)レンズを持ってない僕にとって 条件の悪い(暗い)状況下の撮影は困難で これは未熟カメラマンに対するテストかイジメかと思われた

絞りもシャッター速度もギリギリの設定にして撮った露出アンダーのネガを 増感現像や補力現像して 僕は暗闇の土岐英史(25)の救出に成功し フィルムに定着させることができた

当時の僕は 某写真事務所のアシスタントとして勤めていて フィルム現像やプリント作業も任されていたから 暗室作業もまぁまぁ(暗室の壁に開けた穴から 女優やモデルの着替えを覗くことも)得意だったから・・・暗室技術に救われた!ウチヤマ頑張った! 

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2017/10/06

#0011 1975年10月6日 Jazz of Japan’75

ジャズ・カメラマン・デビューして数日のうちに 大物外タレの撮影を立て続けに頼まれ 今度は日本を代表するミュージシャンが会する大舞台の撮影を任された(新宿 厚生年金会館 大ホール)
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渡辺貞夫 (42) 福村博(26) 増尾好秋(28) 本田竹曠(30) 鈴木勲(39) 村上寛(27)
出演者(面白いから当時の年齢を付けてみた)
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COCHI:日野皓正(32) 菊池雅章(35) Steve Grossman(24) Buster Williams(33) Billy Hart(34)

19751006_0012e6s 大友義雄(28) 大口純一郎(26) 渡辺文雄(36) ベースはこれ誰だっけ?

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渡辺貞夫/菊池雅章/日野皓正/この年の新宿ジャズ祭賞を受賞した大友義雄

こうして僕はカメラマン・デビュー1週間目にして 貞夫さん・プーさん・ヒノテル・オマさん・本田竹廣や若手新進のジャズマン達を撮ることになった・・・大波に乗った気分だ・・・ついてる!ラッキー!

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2017/10/05

#0008 1975年10月1日 Dex & Drew

「写ってるじゃないかぁ・・・きみぃ」僕が差し出したモノクロのベタ焼きから 笑顔 を上げて児山紀芳編集長が言った
19751001_0008c1s Kenny Drew(pf) Dexter Gordon(ts) Nieles Henning Pedersen(b)

スイングジャーナルから 初の撮影依頼を受けて 前週撮影した デイブ・リーブマンとリッチー・バイラーク・グループのスタジオ風景とライブ・ステージの写真だった

19751001_0010b5s19751001_0010c2sKenny Drew(pf)/ Dexter Gordon(ts)

「児山さんが ”写ってる”言うたんは “使える”言うこっちゃ・・・ウチヤマくん合格やな」半年ほど前に児山編集長の”引き”で スイングジャーナル社に入社した 中山康樹が耳打ちしてくれた 初仕事の依頼も中山がくれたものだった

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Nieles Henning Pedersen(b)/Albert-Tootie-Heath(ds)

気合いを入れた初仕事だけに 現像〜プリントを急いで提出した甲斐があった ・・・嬉しかった

こうして カメラマン・テストに合格した僕に さっそく次の仕事が振られた・・・ケニー・ドリュー/デクスター・ゴードンの東京公演 郵便貯金会館ホール(当時は”メルパルク”と言わなかった)

大ホールでの撮影 2度目の経験でわかった事 スポット・ライトは思ってたよりはるかに明るい事 色は昼光色に近い事 光量が強いために フロントのミュージシャンとバックのメンバーとの照度差が大きく ステージ全景を撮るチャンスが少なく 難しい事

Kenny Drew(pf) Dexter Gordon(ts) Nieles Henning Pedersen(b) Albert-Tootie-Heath(ds)

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2017/10/03

#0001 1975年9月21日 ジャズ初体験

初めてスイングジャーナル社からの撮影依頼を受けた僕は 何日も前からドキドキして この日が来るのが怖かった
19750921_0001e6 19750921_0002g2 スタジオのコントロール・ルームに指示を出す Richie Beirach(pf) / LOOKOUT FARM : Jef Williams(ds) Dave Liebman(ts,ss,fl) Frank Tusa(ds) Badal Roy(perc)

ジャズ専門誌「スイングジャーナル」は内外ジャズ事情の情報源であり レコード(CD)評やオーディオ評は 広告ページを含め ジャズファンにはある種の指標になるほど歴史と権威のある月刊誌だ

当時の僕は 写真学校を出て 某高名な写真家のアシスタントを1年半ほどしていて 多少の撮影経験はあったものの・・・舞台撮影や オフ・ステージでは初対面の外国人にカメラを向けるなど どれもこれもが未体験のこと 不安と緊張で 大きな仕事への意欲は押しつぶされそうになっていた
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この日 デイブ・リーブマン(ss,ts,fl)とリッチー・バイラーク(pf) 率いるグループ:ルックアウト・ファームの撮影が 内山 繁 24歳 ジャズ・フォトグラファー デビューの日になった

同日 夜に行われるコンサートに先立って FM東京の生演奏・生放送の番組「デンオン・ライブ・コンサート」(MC司会進行は菅野沖彦氏)に出演するグループに 僕は初めてカメラを向けたのだった

僕はそれから 写真デジタル時代が来るまで 数千本のフィルムを撮影することになるのだが その最初の1本目は新宿の太平スタジオに入った彼らのセッティングやサウンド・チェックの様子を そして グループ全員ショットも しっかり押さえてあった

引き続き その日の夜は 渋谷公会堂で行われたコンサートを撮影した 舞台照明の厳しい条件下で観客の視線を背中に感じながらの撮影は難しかった・・・けれど シャッターを押した瞬間にいいショットをモノにした快感を味わえたことも 初めての嬉しい体験だった

こうして始まった 僕のジャズ・フォトグラファー人生を これから日記風に書いていこうと思う 備忘録として (余生も短いことだし)自叙伝として・・・aha!

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2017/09/28

1991年9月28日 MILES DAVIS

ニュージーランドの緩やかに起伏する緑の中を果てしなく続く一本道・・・車のラジオから流れる静かなミュート・トランペットの音に重ねて マイルスの訃報が伝えられた

19880900_0192 僕がマイルスに出会ってから きっかり十年目だった

即座に信じられなかった

ゆっくりと湖畔に車を寄せて停めると 朝もやの湖面に想い出の情景が フラッシュ・バックのように次々と蘇っては消えていった

弱った老人のようなマイルス

鋭い眼光の恐怖のマイルス

時折見せた得意顔や気取り顔 そして笑顔・・・

十年間に僕は 数多くの表情をカメラに収めることができた

「またお前だな」と許してくれたマイルスの素顔の写真集「マイルス スマイルズ」は 僕の心のフィルムに鮮明に定着され 今も懐かしく蘇るマイルスの すばらしい笑顔の想い出である

1991年の夏 ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールにいた僕は カメラではなく コンサート・チケットを握りしめていた

死のわずか三ヶ月前にして 初めてのことだった

カメラを持たない僕は 聴衆の一人として 純粋にコンサートを楽しみ 心のフィルムにしっかりと その感動を焼き付けることができた

楽屋にさえ訪ねて行かなかったこのコンサートが 僕が見た最後のマイルスになってしまった

最後のフォト セッションは 1990年 東京目黒に新しくできたクラブのオープニング アクトのための来日時だった

ライブの撮影は順調だったが クラブ側が望んだフォト セッションのチャンスは 再三にわたって徒労に終わっていた

ついに最終日 僕は控え室になっていたクラブ上階に上がって 機会を待っていた

この階には 部屋にも廊下にもマイルスの描いたかなり大きいサイズの絵が 額装もしないまま無造作にピン止めにされてあった

何人かと談笑しながら 時折開かれるドア越しに 僕が待ち構えているのを確認しているようなマイルスの目と 目が合った

絵の前で写真を撮らせてほしいと頼んでから 相当の時間待たされた後 カメラに向かっていい顔をして撮らせたのは まさにほんの一瞬の出来事だった

僕があっけにとられている間に マイルスはまた部屋の中に消えてしまっていた

まったく自信のないワン・ショットだったが 現像されたフィルムの上に現れたマイルスは 実にいい顔で写っていたのだった

ジャズ・シーンに そして多くのミュージシャンに多大な影響を与え 壮絶な生き方で その一生を閉じた 帝王マイルス・デイヴィス

僕は この音楽史上の偉人と同じ時代に生きた幸運だけじゃなく 彼の私生活に至るまでを写真に残すという幸運までをも得ることができた

マイルスを写真集にまとめる夢が 訃報に接した時から さらに大きく膨らみ続けていた

こうして実現された今 僕は大きな義務を果たし終えた安堵感の中に さらなる幸運を感じてやまない

ここに掲載した写真の多くを撮るチャンスを与えてくれたスイングジャーナル社をはじめ 写真集の実現にご協力いただいた方々に 厚く心からのお礼を申し上げたい

最後のフォト・セッションで撮影した マイルスのすばらしい笑顔の写真を最後に置いて 「マイルス スマイルズ」を閉じることにしよう

・・・冥福を 心から 祈りながら・・・

マイルス・デイヴィス写真集「MILES SMILES」 あとがきより/内山 繁

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2017/09/27

宣言! 日記書く!

こんなものは滅多に人様にお見せする事がない 僕のモノクロ・ネガ・ファイルをお見せしよう

白黒フィルム1本を6コマずつカットして6列 計36コマを1枚のシートに、1冊のバインダーに100シートずつ挟んである
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A3サイズのコクヨのバインダーが 事務所地下のロッカーに50数冊 ってことはフィルム5千数百本 コマ数にすると18万数千コマになる!?

このフィルムのプルーフ(ベタ焼き)から必要なカットを選んで 必要なサイズにプリントして入稿したのはその昔・・・世はすっかりデジタル時代になって 入稿はネット経由のデータ転送が当たり前になり フィルムに定着された過去の遺産は 必要なものだけを その都度スキャンして 画像データを送信する今日この頃

当面必要とされない遺産は ふたたび地下倉庫に埋蔵されることになる・・・いやいや これではいかん!と今まで何度も「全ファイル データ化計画」の構想が浮かんだのだけれど 実現に至っていない ^ ^;

何しろ膨大な数のスキャンにかかる労力や時間を考えると とてつもなく大変で不可能かと思えるからだ

しかししかし これは僕の仕事の思い出であるばかりか ジャズ史の貴重な記録なのだ 宝の山を埋蔵したままではいかん!世のため人の為に どげんかせんといかん!

と 意を決して「全ファイル データ化」を始めることにするっ!!(余生も短いことだし・・・)

ファイル #0001 1975年9月21日に僕が初めてジャズを撮影したフィルムをスキャンして この日からの日記を書こうと思う・・・どれだけ書けるか いつまで続くか まったく予測不能だけど 何か目的あるほうがいいかもね・・・

と言うわけで・・・間もなくスタートする「内山 繁のジャズ・ダイアリー」 どうぞご期待ください。

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2017/09/13

新発売! JACO平積みなう!

ジャコ・パストリアス写真集「JACO」 本日(9/13)一斉に全国の書店に並んでます!

170913c 170913d 書店で見つけた方へ 平積みになってない場合は 店員に見つからないよう こっそり平積みにしといてください 昨年末刊行の マイルス・デイヴィス写真集「NO PICTURE!/撮るな!」を並べてもNICE!
本書に掲載の特別寄稿 by ピーター・アースキン(元Weather Reportのドラマー)いいこと書いてくれてます 嬉し過ぎて倒れそうです

音楽キャスター:ピーター・バラカン氏も いかしたメッセージを寄せてくれて ダブル・ピーターの読み物ページも充実 35年という短い生涯を駆け抜けた 天才ベーシスト=ジャコ・パストリアスの素顔に迫る写真集は “amazon”でも買えるようです
https://www.amazon.co.jp/JACO-ジャコ-パストリアス写真集-内山繁/dp/4905447852/ref=sr_1_10?ie=UTF8&qid=1505279526&sr=8-10&keywords=JACO

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