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2010年9月

2010/09/29

ARRIVAL

 遠いガラス越しにマイルスの姿を見つけた時、ぼく達は目を見合わせて大きな安堵の溜息をついた。銃器や薬物使用で何度も逮捕された経験があるばかりか、入国審査が下りず日本公演が中止されたことが(1969年)マイルス・デイヴィスにもあったからだ。にわかに鼓動が高鳴るのがわかった。

 係官の案内で入国ゲートを出たところをファインダーに捕らえ、マイルスに向けて始めてシャッターを切った。通常の入国審査の列に進まず、別室で手続きをしたようだった。寄り添っているのは招聘元の重要人物、マイルス・アテンドのキーマン斉藤 延之介氏(1981年9月29日)

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2010/09/22

成田空港

1981年9月29日 成田空港、国際線の乗客が入国審査を通過するフロアを覗ける喫茶店でぼくと中山 康樹は待っていた。コーヒーを何杯もおかわりして、何本もタバコをふかしながら二人はずいぶん長いことテーブルを占領していた。

 同じ便のほとんどの旅行者が通り過ぎてフロアの人通りがまばらになっても、待ち人は姿を見せず、ぼく達はとっくにカラになったコーヒーカップを前に長い長い沈黙の時間を耐えた。

 学生の頃、ローリング・ストーンズが入国出来ず、苦労して手に入れたチケットが払い戻しになった苦い経験があったし(1973年)、薬物所持で入国拒否されたポール・マッカートニー(1980年)の記憶も新しい頃だったから、ぼく達の心中は不安で一杯だった。

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2010/09/15

復活

           6年もの間引退状態にあり
 
    健康上絶望視されていたマイルスのカムバックが

   1981年、ボストンのジャズ・クラブ「キックス」で実現し...

  ニューヨークのライブに続いて、早速日本公演が決定した。


         奇跡の復活を果たした帝王が・・・

    あこがれのマイルス・デイビスが日本に来る。

          ・・・マイルスを撮りたい!・・・

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日本公演のコンサート・プログラムに掲載された写真。左は(1981年6月26日から4日間出演した)ボストンのジャズ・クラブ「キックス」 右は1981年7月5日クール・ジャズ祭ニューヨークのステージ

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2010/09/08

遅すぎた

 大物ミュージシャンのステージを撮ることは、僕にとって新しい大きな魅力となった。すでに世を去っていたサッチモやビリー・ホリデイ、コルトレーンやパーカーを撮るには、ぼくがこの世に生まれてくるのが遅かった。

 中山 康樹の「ジャズへの誘い」が遅すぎ、ジャズ・カメラマンとしての僕のスタートは遅すぎた。

 マイルスは生きているけれど引退状態にあり、ジャズ・カメラマンを自称しても、あの「ジャズの帝王」をぼくは写真に撮ることが出来ないのだろうか・・・

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2010/09/01

ありません!

 丁稚奉公とはいえ、バーゲン用チラシ程度の撮影は任されており、フィルムやプリントを現像する暗室作業には自信があった。ロケに同行したときの待遇も良く、スタジオの車も私用に乗り放題で、女の子とカメラを持たないロケにもたびたび使わせていただいた。お給金もそこそこ貰えていたから、先生の靴磨きやタバコ買いにもすすんで走り、特に不満はなかった。

 暗室の壁にこっそり開けた穴から女優やモデル達の衣装替えを覗くのも好きだったけれど、ジャズを撮る事の方に情熱の方向を変更しつつあったある時、小川先生から「うちやまクンやる気あんの?」と尋ねられ、ぼくは、即座に「ありません!」と答えて舞台写真の世界にまっしぐらに踏み込んでいった。

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