1991年9月28日 MILES DAVIS
ニュージーランドの緩やかに起伏する緑の中を果てしなく続く一本道・・・車のラジオから流れる静かなミュート・トランペットの音に重ねて マイルスの訃報が伝えられた
即座に信じられなかった
ゆっくりと湖畔に車を寄せて停めると 朝もやの湖面に想い出の情景が フラッシュ・バックのように次々と蘇っては消えていった
弱った老人のようなマイルス
鋭い眼光の恐怖のマイルス
時折見せた得意顔や気取り顔 そして笑顔・・・
十年間に僕は 数多くの表情をカメラに収めることができた
「またお前だな」と許してくれたマイルスの素顔の写真集「マイルス スマイルズ」は 僕の心のフィルムに鮮明に定着され 今も懐かしく蘇るマイルスの すばらしい笑顔の想い出である
1991年の夏 ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールにいた僕は カメラではなく コンサート・チケットを握りしめていた
死のわずか三ヶ月前にして 初めてのことだった
カメラを持たない僕は 聴衆の一人として 純粋にコンサートを楽しみ 心のフィルムにしっかりと その感動を焼き付けることができた
楽屋にさえ訪ねて行かなかったこのコンサートが 僕が見た最後のマイルスになってしまった
最後のフォト セッションは 1990年 東京目黒に新しくできたクラブのオープニング アクトのための来日時だった
ライブの撮影は順調だったが クラブ側が望んだフォト セッションのチャンスは 再三にわたって徒労に終わっていた
ついに最終日 僕は控え室になっていたクラブ上階に上がって 機会を待っていた
この階には 部屋にも廊下にもマイルスの描いたかなり大きいサイズの絵が 額装もしないまま無造作にピン止めにされてあった
何人かと談笑しながら 時折開かれるドア越しに 僕が待ち構えているのを確認しているようなマイルスの目と 目が合った
絵の前で写真を撮らせてほしいと頼んでから 相当の時間待たされた後 カメラに向かっていい顔をして撮らせたのは まさにほんの一瞬の出来事だった
僕があっけにとられている間に マイルスはまた部屋の中に消えてしまっていた
まったく自信のないワン・ショットだったが 現像されたフィルムの上に現れたマイルスは 実にいい顔で写っていたのだった
ジャズ・シーンに そして多くのミュージシャンに多大な影響を与え 壮絶な生き方で その一生を閉じた 帝王マイルス・デイヴィス
僕は この音楽史上の偉人と同じ時代に生きた幸運だけじゃなく 彼の私生活に至るまでを写真に残すという幸運までをも得ることができた
マイルスを写真集にまとめる夢が 訃報に接した時から さらに大きく膨らみ続けていた
こうして実現された今 僕は大きな義務を果たし終えた安堵感の中に さらなる幸運を感じてやまない
ここに掲載した写真の多くを撮るチャンスを与えてくれたスイングジャーナル社をはじめ 写真集の実現にご協力いただいた方々に 厚く心からのお礼を申し上げたい
最後のフォト・セッションで撮影した マイルスのすばらしい笑顔の写真を最後に置いて 「マイルス スマイルズ」を閉じることにしよう
・・・冥福を 心から 祈りながら・・・
マイルス・デイヴィス写真集「MILES SMILES」 あとがきより/内山 繁
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