Birthday

2015/01/12

Joe Pass HAPPY BIRTHDAY

1月13日はJoe Passの誕生日(1929)
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1月生まれのギターリスト、結構います。
4日 John McLaughlin (1942)
7日 John Tropea (1946)
9日 Bucky Pizzarelli (1926)
10日 Mike Stern (1953)
11日 Lee Ritenour (1952)
21日 Jesse Van Ruller (1949)
23日 Django Reinhardt (1910)
29日 Derek Bailey (1930)

みんなまとめて誕生日オメデト〜!
Jazz & Café Gallery "Whisper”では、内山繁 写真展「ジャズ・ギターの肖像」開催中
(ライブ営業中にご覧いただけます。)

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2014/02/27

Happy Birthday Dex! デクスター・ゴードン

Dexter Gordon(1923.2.27-1990.4.25)

またの名をデイル・ターナー・・これは映画「ラウンド・ミッドナイト」に主演したデクスターの役名。

140227a_2 140227b 1960年代の一時期、仕事の場を求め、またミュージシャンの地位や人種の問題に係ってアメリカのジャズメン達が続々とヨーロッパへ渡る現象が起こった。

時代はちょうどその頃、一流のサックス奏者デイルはパリに渡ったものの、アルコールやドラッグ中毒で病院へ入れられるようなすさんだ日々を送っていた。

一方、デイルの演奏を聴きにクラブに行く金もないフランス人のビンボー・イラストレイターは、店外に漏れてくる音を毎日のように聴くうち創作意欲をかき立てられて成功をつかんでいく。

イラストレイターとその娘との友情と優しさで励まされ、再起を決意したデイルは遂に往年の演奏を取り戻して素晴らしいレコーディングを成功させる。・・メデタシめでたし!・・っと言うありがちな映画です。

アメリカからパリに移り住んだピアニスト/バド・パウエルとフランス人イラストレイターとの間にあった事実を元に、1986年に作られたこの映画は、しかし、だがしかし! ジャズ好き、特にデクスターを知るジャズ・ファンにとっては単なるジャズ映画ではないのであります。

*注、ここからはデクスター・ゴードン本人の事です。酒とクスリから精神異常をきたし、病院に担ぎ込まれたり、逮捕歴まであって一時引退状態にあったが、カムバック。名門ブルーノートと契約して名演を発表してヒットさせた。後にパリに渡って代表作の一つ「アワ・マン・イン・パリ」をレコーディングしている。・・っと、デクスターの足跡はまさに「ラウンド・ミッドナイト」のデイルそのものだと思いませんか? 

しかも、映画の中でもプレイは勿論、淡々としゃべるデイル、一挙手一投足の仕草は、演じていると言うよりむしろデクスター・ゴードンそのものが映し出されていると錯覚を覚えるものでありました。

ここにある晩年のポートレイトは、ぼくがこの映画を見た直後に京王プラザホテルの一室で撮影したもの。居合わせたスタッフはデクスターのしゃがれた声の会話が途切れる毎に「あの映画と同んなじだ」と言いたげに振り返っていたのでありました。映画のデイルとデクスターが淋しくオーバーラップする思い出の写真です。

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2014/01/14

ジョー・パス Birthday (1929/1/13)

Joe Pass 1929年1月13日 ニュージャージー州生まれ。

140113a_2 卓越した超絶技巧を誇り後進のギタリストに多大な影響を与えている。オスカー・ピーターソンやエラ・フィッツジェラルドといった大御所との録音も多い。

9歳でギターを始め、14歳でバンド活動を開始。

その後麻薬中毒で苦しむが、シナノンという更生施設に入って立ち直り、1962年にアルバム『サウンド・オブ・シナノン』発表。

1965年にはジャンゴ・ラインハルトに捧げたアルバム『フォー・ジャンゴ』を制作し、話題となる。

1973年発表のアルバム『ヴァーチュオーゾ』は、ギター一本だけで制作され、ジャズにおけるソロ・ギターの可能性を追究した作品として高く評価された。
1994年5月23日、肝臓癌で他界。<wikipedia>

 <Photo:内山 繁 JAN.1991 BLUENOTE TOKYO>

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2013/12/28

Michel Petrucciani

131228a ミシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani, 1962年12月28日 フランスオランジュ生まれ)

先天性疾患による障害を克服し、フランス最高のジャズ・ピアニストと評価されるほどの成功を収めた。

その独自性の強いスタイルはビル・エヴァンスらの影響を受けており、また一部ではキース・ジャレットとも比較される。<Wikipedia>

1999年1月6日 没36歳(Photo :  S.Uchiyama/1989.10)

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2012/08/25

ウエイン・ショーター/V.S.O.P.

120825a V.S.O.P.はブランデーの等級じゃなく、"Very Special Onetime Performance" の頭文字。

マイルス・バンドに在籍したウエイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウイリアムスにフレディ・ハバードを加え、その名の通り当初は特別臨時編成のクインテットでありました。

ところが当然ながら、絶賛を浴びた超豪華グループはこの時を含めて二度の来日公演と全米ツアーを果たしてワンタイムにとどまらず、継続的な演奏活動をするグループになってしまったのです。

「一度っきり"One-Time"のはずだったのが"One-Pattern"になっちゃった。」なんて当時下手なギャグを言ってたのはぼくです、すみません。

Wayne Shorter 1933年8月25日 ニュージャージー州ニューアーク生まれ

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2012/07/10

お化けチックな大胆さ!? 川端民生

120710a 「渋みと深さに加え、心霊的とも言えるお化けチックな大胆さがある。」

"スイングジャーナル 新・世界ジャズ人名辞典"に、スイングジャーナルらしからぬ表現で紹介されたバタさん。

「'70年にプロ入り、多くのレギュラー・グループとセッションで活動し、膨大なライブ量とともにレコードも非常に多い」と、すでに1988年時点で書かれている。亡くなるまでの活躍を思うと、その莫大な仕事量は想像を絶します。

この写真は<ネイティブ・サン>結成の前年、1977年のスイングジャーナル誌5月号の1ページ(たぶん"PITINN"で撮った。)

しかし、「心霊的とも言えるお化けチックな大胆さ」て、誰か説明して!(一体誰が書いた!?)

川端民生 1947年7月10日 北海道札幌生まれ 2000年7月26日 没 53歳

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2012/07/07

昨日のジョー(ザヴィヌル)

120707a ある時バック・ステージで、ジョーがジャコに向かってボクシングの"構え"で威嚇してるのを見た。

もちろんそれはジョーの悪ふざけで、ふたりとも(見てるぼくも)大笑いしたものだ。

ジョーにはボクシングの心得があることを知っていたので、ぼくはカメラに向かって威嚇する「あしたのジョー」を撮りたかったのだけれど・・・

顔が笑ってるのでぜんぜん迫力がなく、撮影会は大笑いの内に終了

写真は1989年の夏、斑尾高原ホテルのロビーで、半笑いでカメラマンを威嚇する「昨日のジョー」
Josef "Joe" Erich Zawinul 1932年7月7日(オーストリア/ウイーン生まれ) 2007年9月11日没 75歳

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2012/07/05

大口 純一郎

大口純一郎に初めて会ったのは、もう30数年前のことだから、彼のプロ・デビュー直後から知っていることになる。
120705a_2 120705b_2 スイングジャーナル誌:1977年4月号の記事にあるように、昭和23〜24年生まれのピアニストへの注目度は当時から高かった。辛島文夫・山本剛・大徳俊幸・益田幹夫・板橋文夫…彼らすべてが今もそのプレイにますます磨きをかけて、様々なフィールドで今も現役で活躍していることがまた素晴らしい。

大口純一郎:1949年7月5日 東京生まれ

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2012/06/14

マーカス・ミラー(たばこに火が付かねぇ)

120614a 「マーカスがいないとプレイに火が付かねぇ」とマイルスが言ったかどうか知らんけど・・・ <何でも屋><パーフェクト・ガイ>と呼ばれる所以、作・編曲・プロデュースに加えて、鍵盤・打楽器・管楽器までこなしてしまうその才能を、マイルスが認めて、よほど気に入ってたに違いない。

メインスポンサーだった日本たばこ産業のご都合で、日本の夏恒例だったジャズ・フェスがまたひとつ無くなった1992年、最後の開催となった"Live Under The Sky"のステージ@よみうりランドで、バス・クラリネットを吹くマーカス。

Marcus Miller 1959年6月14日 NY生まれ

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2012/06/12

カモメのチック、砦のチック

「リターン・トゥ・フォーエバー」の水面をかすめ飛ぶカモメのジャケットはあまりにも有名。カモメのチックはアコースティックとエレクトリックの両刀使いです。
120612 ステージの上にはおのずと両方の楽器が並べられる訳で、特に電気楽器は違った種類のものがいくつも積み重ねられアンプやら種々のコントローラー、更にその上にもコンピュータとそのモニターが乗っけられたりしています。

アコースティック・ピアノの上にまでシンセサイザーが乗せられて、まさにチックは砦の中で演奏するかのような状態。砦の中の敵を攻撃・・、いや、ミュージシャンを撮影するのは至難の技です、カメラマンにとってはたまったもんじゃありません。

ギターのように肩から下げて弾くキーボードを持って砦から出てくるのを迎え撃つか、はたまたステージからかなり後ろへさがったところから長玉(でっかい望遠レンズ)でねらい撃つしかないのです。

しかし、重たい長玉を長時間手持ちで構えるには体力の限界もあって相当辛く、ジャズ専門誌の安いギャラにも見合わないのです。ぼくは高いチック砦よりももっと高いアングルから狙えないものかと考えました。

コンサートホールには真上や舞台ソデからステージを照明するためのライトが数多く取り付けられています。ステージの斜め上方からは大光量のスポットライトで舞台の主役に投光するための照明室があります、たいがいのコンサートホールには。この時のステージでは使用しないいくつも照明機材が並んでいるだけの部屋があって、ぼくはそこに潜入することにしました。(ホールの警備員には内緒です。)

天性のちゃっかりした性格とチックを撮りたい一心が、ぼくを大胆にしてしまったらしいのです・・・恐ろしいことです。アングルは予想したとおり最高で、ぼくは砦のチックをカモメのように見下ろしてとらえることができました。

ビル・エヴァンスのように終始うつむき加減に演奏するのと違って、チックはいつもヒョウキンなまでにオーバーな動作でメンバーや観客に豊かな表情を見せてくれるじゃないですか。演奏中の短いブレイクには決まって何かしらアクションを起こしてくれる、実にフォトジェニックなチックです。

Armando Anthony (Chick) Corea 1941年6月12日 マサチューセッツ州チェルシー生まれ

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