Farewell

2017/09/28

1991年9月28日 MILES DAVIS

ニュージーランドの緩やかに起伏する緑の中を果てしなく続く一本道・・・車のラジオから流れる静かなミュート・トランペットの音に重ねて マイルスの訃報が伝えられた

19880900_0192 僕がマイルスに出会ってから きっかり十年目だった

即座に信じられなかった

ゆっくりと湖畔に車を寄せて停めると 朝もやの湖面に想い出の情景が フラッシュ・バックのように次々と蘇っては消えていった

弱った老人のようなマイルス

鋭い眼光の恐怖のマイルス

時折見せた得意顔や気取り顔 そして笑顔・・・

十年間に僕は 数多くの表情をカメラに収めることができた

「またお前だな」と許してくれたマイルスの素顔の写真集「マイルス スマイルズ」は 僕の心のフィルムに鮮明に定着され 今も懐かしく蘇るマイルスの すばらしい笑顔の想い出である

1991年の夏 ニューヨークのエイブリー・フィッシャー・ホールにいた僕は カメラではなく コンサート・チケットを握りしめていた

死のわずか三ヶ月前にして 初めてのことだった

カメラを持たない僕は 聴衆の一人として 純粋にコンサートを楽しみ 心のフィルムにしっかりと その感動を焼き付けることができた

楽屋にさえ訪ねて行かなかったこのコンサートが 僕が見た最後のマイルスになってしまった

最後のフォト セッションは 1990年 東京目黒に新しくできたクラブのオープニング アクトのための来日時だった

ライブの撮影は順調だったが クラブ側が望んだフォト セッションのチャンスは 再三にわたって徒労に終わっていた

ついに最終日 僕は控え室になっていたクラブ上階に上がって 機会を待っていた

この階には 部屋にも廊下にもマイルスの描いたかなり大きいサイズの絵が 額装もしないまま無造作にピン止めにされてあった

何人かと談笑しながら 時折開かれるドア越しに 僕が待ち構えているのを確認しているようなマイルスの目と 目が合った

絵の前で写真を撮らせてほしいと頼んでから 相当の時間待たされた後 カメラに向かっていい顔をして撮らせたのは まさにほんの一瞬の出来事だった

僕があっけにとられている間に マイルスはまた部屋の中に消えてしまっていた

まったく自信のないワン・ショットだったが 現像されたフィルムの上に現れたマイルスは 実にいい顔で写っていたのだった

ジャズ・シーンに そして多くのミュージシャンに多大な影響を与え 壮絶な生き方で その一生を閉じた 帝王マイルス・デイヴィス

僕は この音楽史上の偉人と同じ時代に生きた幸運だけじゃなく 彼の私生活に至るまでを写真に残すという幸運までをも得ることができた

マイルスを写真集にまとめる夢が 訃報に接した時から さらに大きく膨らみ続けていた

こうして実現された今 僕は大きな義務を果たし終えた安堵感の中に さらなる幸運を感じてやまない

ここに掲載した写真の多くを撮るチャンスを与えてくれたスイングジャーナル社をはじめ 写真集の実現にご協力いただいた方々に 厚く心からのお礼を申し上げたい

最後のフォト・セッションで撮影した マイルスのすばらしい笑顔の写真を最後に置いて 「マイルス スマイルズ」を閉じることにしよう

・・・冥福を 心から 祈りながら・・・

マイルス・デイヴィス写真集「MILES SMILES」 あとがきより/内山 繁

| | トラックバック (0)

2016/07/29

R.I.P. パコ・デ・ルシア/灼熱のギタリスト

160729b フラメンコの伝統から飛び出し ジャンルを超えて自己の音楽性を貫いたギタリストの 音楽探究の生涯を綴ったドキュメンタリー映画

栄光だけでなく 光と影の狭間に織りなされる言葉が深く心にしみた

160729a 写真は1981年夏 ライブ・アンダー・ザ・スカイ <パコ・デ・ルシア・ナイト>

パコのソロパートの後 2ギターのデュオ〜サックスを加えたトリオ演奏〜ベース パーカッションを加えた7人編成で披露されたフラメンコの真髄に7000人の観客が沸いた 田園コロシアムのステージ

パコと初の顔合わせとなるチック・コリアが登場してピアノ+ギターDuo そしてチックとフルメンバーで降りしきる雨をものともしないスパニッシュ・フュージョンの熱い世界が繰り広げられた一夜は今でも忘れられない

| | トラックバック (0)

2015/09/30

R.I.P. Phil Woods

‘70年代にビリー・ジョエルが歌ってヒットした”Just the way you are”で、もの憂げなサックス・ソロを聴かせてくれたのがフィル・ウッズ。イントロから全編に美しいフェンダーロズを響かせているのはリチャード・ティーだった。

150930a 9月29日、83歳のフィルの訃報を聞いた。親日家でたびたび来日して、日本のファンにも人気があったPhil Woods。

写真は1989年に来日公演時ブルーノート東京で、ぼくのカメラに向かってご機嫌にブロウするフィル・ウッズ。R.I.P.

| | トラックバック (0)

2015/06/18

R.I.P. 津村和彦

早過ぎるよ・・・
150617a
ここ Jazz & Café Gallery "Whisper”でもいかしたプレイを聴かせてくれました。
ご冥福を祈ります・・・

| | トラックバック (0)

2015/03/09

R.I.P.ルー・ソロフ

もぉ40年以上前ぼくは、ブラッド・スエット・アンド・ティアーズのブラスセクションにしびれていたようなロック少年だった。後年ジャズの写真を撮るようになって、高校生だった頃さんざん聴いたB.S.T.で、ばりばりのハイノートを吹いていたルー・ソロフに初めて会った時の感激が忘れられない。
150309a 150309b
ニューヨークでは何度も聴いたギル・エヴァンスのマンデーナイト・オーケストラでバンマスのごとく采配をふっるっていたルー・ソロフ、デビッド・マシューズのマンハッタン・ジャズ・クインテットには結成当初のレコーディングにも立ち会わせてもらって写真を撮った。

何度か会ううちに「ルーちゃん!」と呼ぶようになって、気さくに笑顔で応えてくれたトランペット・レジェンド。ギルのアルバムに、M.J.Q.のディスコグラフィーにもある何枚かのジャケットに写真を提供できたことが誇りだ。

’80年代の写真を整理していたところにルー・ソロフの訃報が届いた。
冥福を祈ります。

以下 “LEW SOLOFF Official Website”より
Trumpet Legend Lew Soloff passed away in the early morning hours of Sunday, March 8, 2015 in New York City.

The cause of death was a heart attack, according to his daughters Laura Solomon and Lena Soloff.  “Dad had more friends than anyone I know.  He was so loved by so many. His life overflowed with people who cared about him,” stated Ms. Solomon.

A private funeral service is planned for Monday, March 9, 2015.

Soloff, whose career spanned more than 50 years was the consummate New York jazz musician. The list of his musical associations which includes; Gil Evans, Blood Sweat and Tears, Frank Sinatra, Carla Bley, Barbra Streisand, Machito, Marianne Faithfull, Paul Shaffer, Manhattan Brass, Jon Faddis and Ornette Coleman exhibits his extraordinary range and talent.

| | トラックバック (0)

2015/02/22

R.I.P.クラーク・テリー

Clark Terry 1920.12.14〜2015.2.21
ミズーリ州生まれのトランぺット/フリューゲルホーン奏者

ベイシー楽団、エリントン楽団やクインシー・ジョーンズ楽団に在籍し、ビリー・ホリデイやエラ・フィッツジェラルド等と共演、1970年頃からはフリューゲルホーンに持ち替え長年にわたってジャズ・シーンで活躍したミュージシャン・作曲家、音楽教育者、94歳だった。
150222a 150222b 写真:1986年 斑尾Jazz Festival

Our beloved Clark Terry has joined the big band in heaven where he’ll be singing and playing with the angels.

He left us peacefully, surrounded by his family, students and friends.

Clark has known and played with so many amazing people in his life. He has found great joy in his friendships and his greatest passion was spending time with his students.

We will miss him every minute of every day, but he will live on through the beautiful music and positivity that he gave to the world.

Clark will live in our hearts forever.

With all my love, Gwen Terry

| | トラックバック (0)

2015/02/06

訃報 中山康樹

音楽評論家/作家 1月28日 悪性リンパ腫のため逝去 62歳

故人の固い意志とご遺族の強い希望で、今日までこの悲報を伏せましたことをご容赦ご理解ください。

1975年に氏が上京してスイングジャーナル社に入社後、ぼくをカメラマンとしてジャズの世界に導き、以来多くのジャズ・イベントやニューヨーク取材などに同行させてくれた、言わばぼくの人生をジャズの軌道にシフトさせた恩人でした。
Fullsizerender9 Fullsizerender62012年、氏の還暦祝いの直後に発病したことをも公表を避けて、闘病中も驚くべきペースで執筆を続けました。前日まで友人とメールのやり取りをするなど体調は快復しており、今後もいくつかの執筆テーマのために膨大な資料を準備していたようです。

ご親族の他に数名のごく近しい知人のみを集めて、2月4日自宅近くの妙蓮寺で営まれた通夜、翌5日の告別式では場内にマイルスのトランペットの音が静かに流されて悲しみを誘いました。

ごく親しい知人友人にもお知らせ出来なかったことをお詫びし、心中お察しいただけますようお願いいたします。故人のご冥福を心からお祈りします。

関連記事
http://whispernot.cocolog-nifty.com/jazz/2012/10/post-db33.html

| | トラックバック (0)

2014/06/19

R.I.P. Horace Silver

Jazz Pianist, Composer Horace Silver Dies At 85
140619a Silver's son, Gregory, said the composer/performer died of natural causes on Wednesday morning.

R.I.P.......

| | トラックバック (0)

2013/12/11

R.I.P.......ジム・ホール

131211 ジム・ホール (James Stanley Hall)  1930年12月4日 ニューヨーク州バッファロー生まれ  2013年12月10日 マンハッタンの自宅で死去 83歳

孤高のギタリスト:日本のジム・ホールと呼ばれる、粟澤博幸氏は「立ち上がれないほどのショック」と声を詰まらせた。

Jazz & Café Whisperでは、年明け1月28日に粟澤氏のライブを予定している。思い出話などうかがいながら、心を込めて故人を偲びたい。

ご冥福を祈ります・・・

"Whisper"は店内狭くて席数に限りがあり混雑お詫びします。
お早めのご予約をお待ちしています。

店舗情報は Facebookページ<https://www.facebook.com/whisper.not> 食べログ<http://tabelog.com/tokyo/A1317/A131707/13151694/> ライブ・スケジュールは ホームページ<http://whisper.co.jp/whisper/schedule.html>をご覧下さい。

東京都世田谷区上馬 1-32-3 Jazz & Café "Whisper"
Tel : 03-5787-5794 mail : jazz@whisper.co.jp

| | トラックバック (0)

2013/08/26

R.I.P. マリアン・マクパートランド

シダー・ウォルトン(19日)に続いてマリアン・マクパートランドの訃報
Marian McPartland  1918年 3月20日 バークシャー州/GB生まれ 2013年 8月20日没 95歳 )
130825a
ジャズの写真として世界一有名な1枚と言われる"A Great Day in Harlem" (ハーレム1958)に写された57人のミュージシャンのひとり。

この写真が撮られた事実や経緯を元に、ジャズ史のひとこまの伝承に尽力したマリアンが去って、存命者はほんのわずかになってしまった。

写真は(ハーレム1958が撮影された37年後)1995年にあの時と同じ場所に集まることができたミュージシャン達。(ソニー・ロリンズはジャパン・ツアー中で不参加)

あの有名な1枚と見比べてみてください、悲しい時の流れです。今この場所に来ることができるのは・・・?

| | トラックバック (0)