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内山 馨(うちやま かおる)90歳

内山 馨
1923年(大正12年)長崎県稲佐町生まれ
太平洋戦争の前年、読売新聞東京本社に就職/20歳で通信兵としてインドネシアに従軍
26歳で結婚、2男1女をもうける(長男がぼく繁)/55歳で読売新聞社を定年退職

戦時中従軍したジャワ旅行の折に、同地在住の元日本兵から、日系オランダ人の父親探しを依頼された。
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第二大戦中のジャワで、日本兵とオランダ系女性の間に生まれた日系二世は終戦後の混乱期に父親と生き別れになり、その多くが祖国オランダに帰っていた。

後年自らの隠されたルーツを知り、実父またはその遺族に会いたいと願うが、彼らは父親に関する情報をほとんど持っていなかった。

日本の機関や諸団体に捜索を依頼したが、不十分な手がかりと当事者の高齢化、さらにデリケートなプライバシー問題や複雑な社会情勢などが絡んで、捜査は極度の困難と緊張を伴うもので成果は乏しかった。

当時72歳の父は、軍人として同国に駐留し、戦後は新聞記者として勤務した経験と知識・人脈を生かして日系二世オランダ人のために、日本での父親探しを本格的に開始した。

大戦中の資料収集のため官公私の関係機関に記録閲覧を請い、父親と思われる人物や当時の同僚を突き止めると、調査のために遠方であっても自らその地に出掛けて行った。

手がけた捜査は約70件に達し、そのうち30人以上の家族を見つけ出した。多くは既に他界していたが、その遺族と接触して家族との交流を可能にし、幸い存命だった者は子供を認知して面会を実現させた例もあった。

父親ないし家族との交流が出来た二世達は、長年のトラウマから解放され心の平安と大きな喜びを得る事が出来た事を感謝しているという。

本日11月16日、父は90歳の誕生日を迎えた。

誕生日を祝って過日、駐日オランダ大使館での心づくしの宴にお招きいただいて、列席者からお祝いと感謝の言葉を、またオランダ王国政府からの感謝状をいただきました。父にとって至上の喜びであると共に、我々家族にとっては大きな誇りと感じています。

父がこれまで費やした時間と費用、精神的な苦労は計り知れませんが、その成果は父ひとりの力だけで出来た事ではなく、ご協力いただいた官公私の諸団体や、励ましご協力いただいた多くの方々の力あってこそ、深く深くお礼を申し上げます。心よりありがとうございました。

「100まで生きる!」と豪語する父は、今日もスポーツクラブに出掛けて汗を流しています。この写真を遺影にするのはまだしばらく先になりそうで安心です。

僭越ながら、父の肖像とオランダ王国政府からいただいた感謝状を、そして先月出版された(父が主人公として書かれた)書籍:武井優著「オランダからの白い依頼状」(現代書館)をここに披露させていただいて、90歳の誕生日を祝います。

親父ぃ…誕生日オメデト〜 200まで生きろ〜!

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