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2022年3月

昭和46年11月8日 フィルム節約

暗室作業を長時間続けるとき 現像液を20℃に保つのは結構大変ですよ。しげるくんはサーモスタット付きヒーター(恒温器)を買いました。
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4月に写真学校に入学して約半年でフィルムを90本使ったと言ってますが、デジタル時代の今の感覚では数回の撮影で撮ってしまう数かも知れない。貧乏写真学生のフィルム代節約とは言え丹念にシャッターを押した事がうかがえるけど 今も僕の体にはそんな節約感覚が染みついているようだ・・・

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昭和46年10月 バイト ゲット!

写真学校に進学して半年 多少ギャラのいいバイトができるようになった。幼稚園・小学校の運動会や遠足、時には修学旅行に同行しての撮影仕事…
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学校行事の写真や卒業アルバムを作る業者が依頼した仕事を とりまとめ役の上級生が友人や後輩に振り分ける。人付き合いや 立ち回りのうまいヤツに仕事が回りがちだけど、ボクの場合は写真が上手かったから結構な割合で仕事にありつけた。決して口が達者だったり イケメンだったからじゃないと思う(知らんけど)

部屋をきちんと片付ける性分はパパ譲りだとおだてたうえで ストロボ欲しい カメラバッグ欲しいと またオネダリかい!

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さてここで問題です!

 Q)本物の桜餅はA・Bどちらでしょう?
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関西生まれ育ちのボクは全く何の迷いも無く 桜餅は「A」

「B」の桜餅も知ってたけど あれはコンビニとかスーパーとかに卸す安価な機械作りの量産品だから 可愛そうにあんなチープな姿になっちゃってと思ってた。長明寺ファンの皆さまには大変申し訳ございませんでした、反省しながら(やっぱし道明寺を)いただきま〜す!(ちなみに ためらいなく葉っぱも食べます。)



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昭和46年10月10日 東京はもう冬です

モデル代を節約して人物撮影の実習に励む兄です。
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50年前に撮った写真を こうして見るとフレーミングやアングルとか画面構成のセンスと言うか 今もあまり変わってなくて 結局どうあがいても持って生まれた感性ってのは そうそう簡単に変えられるもんじゃないんだなぁって 面白く思ったり がっかりしたり・・・

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昭和46年10月5日 彼女・初仕事

写真学校の同級女子が 偶然友人の従姉妹(いとこ)だったって事で急速に親しくなり 撮影行と称したデートでお互いの郷里を訪ねるまでになっちゃったからさぁ大変! 可愛い息子のママとしては お相手さんはそこそこのお家柄できちんとしつけの出来た方だろうね!? とか大事な息子を東京にやったパパは深入りして振り回されたりしてないだろうな!? などと不安やら忠告やらを手紙に書いてよこす心配性な親心(手紙の前半は彼女との交際について 自分の気持ちや 両親の心配に対しての言い訳がましい事を書いており、個人情報も含まれるので 割愛!)
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初めてカメラを使ったアルバイトをした。 他に大きな事件はありません…

 

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昭和46年7月5日 大阪弁とシスコン

面倒だし必要もないからだけど 関西人同士でもひどい大阪弁になってしまいました。(東京に来た関西人は皆んなそうだと思う)

印画紙やレンズ(105mm)を買ったのに 28mmも欲しい 中判カメラも必要なんだと バカ息子がやんわり能書きをたれています。
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修学旅行で東京に来る妹に会う兄の心境は 遠距離恋愛の恋人に会う男みたいで かなり気持ち悪い👎

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昭和46年6月20日 父の日

金欠のうえに時間が無くてプレゼントを贈らなかった事をパパに詫びながら、写真一本に必死の思いとか言って とにかく頑張ってやってる事がパパの日に送る報告ですと自分を正当化して誤魔化す。
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昭和中期の生まれで 両親をパパ・ママと呼んだ人はどれぐらいいるんだろう? ボクの周りでは知らない。 物心つく頃には 照れくさくて恥ずかしくて 人前ではオヤジ・オフクロ 孫が出来てから ママはバァくんに パパはジィくんに改名した。

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昭和46年6月1日 上京して2ヶ月

機材(暗室用品)を買い揃えて交換レンズ(Super Takumar 28mm / f3.5 ¥15,900.)を注文したようだ、学業に精を出している事がうかがえる。暗室作業ではフィルムや印画紙を水洗するのに多量の水を使う。下宿屋の共用水場の制約や苦情もあったようで「水道とガスのあるアパートに引っ越したい」と早くも泣きが入ってる・・・
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6畳ひと間の下宿屋は三鷹駅北口から徒歩10分ほど 上下階に3部屋ずつの木造二階建て、1階に裸電球がぶら下がった共用洗面所と便所があった。中野坂上(丸ノ内線)の学校に通うのに何故中央線沿線の下宿を選んだのか?(父が選んだ)ナゾ!?

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昭和46年4月19日

親元で不自由なく育ち暮らした3人兄弟の長男繁が 東京の写真学校に進むことになって上京したのは二十歳になる年の春だった。花の都で自由を謳歌し 大都会の生活に刺激を感じることは今までにない快感だったけど、しかし希望に燃えていたとはいえ 不慣れな見知らぬ土地での暮らしや不安を誰かに伝えたいと郷里の母や妹弟と文通するようになっていた。葉書7円は ビンボー学生にありがたい通信手段だったな。
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新聞記記者だった父は当時瀬戸内の因島(広島県)の支局に単身赴任していたから これは大阪の母妹弟宛てとは別に 僕が父に送った葉書。几帳面な父が受け取り順にきっちり揃えて保管してくれていた手紙葉書の束が見つかった。

半世紀経った今 読み返すと極プライベートな内容は恥ずかしい事実多々であるけれど それもまた人生かな…って反省すべき面白自分史として ここに記録しておこう!

*注 1971年の春に親元から離れて上京した繁くんは 中央線三鷹駅近くに下宿して 中野の写真学校に通う東京生活を始めた。 つづく...

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グリコのオマケ

オマケ欲しさにグリコをおねだりした世代だけど これ(タイムスリップグリコ)は知らなかったなぁ・・・ 調べてみたら21世紀になってからの特別企画だから おねだりする歳はとっくに過ぎてたわ・・・ ネットで見つけて手に入れたグリコのオマケ「ローライフレックス 2.8F」は極小サイズ(高さ3cm)ながら超精細な作りが嬉しくてにやにやしちゃってますよ!
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上からのぞき込む姿勢で撮影するこのタイプのカメラって 被写体に対して深くおじぎして 敬意を払っているようで 何だかいいんだよねぇ・・・

ある時期ローライを持ち歩いて オールドレンズの渋い描写を楽しんだものだが… 今ではすっかりデジタル時代になって味も素っ気も無くなって しかもそんな時間も心のゆとりも無くなったなぁ ・・・ なんて寂しく思う今日この頃ですよ・・・

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