DIARY

ビバンダムくん(ミシュランマン)

タイヤを替えたら 走りが予想以上にソフトで静かになった。

170412 ↑ カメラを持ってますが 僕ではありません。僕はこんなにモコモコしてません! もっと引き締まってます!何ならお見せしますけど・・・

この元祖ゆるキャラは フランス以外の国では「ミシュランマン」で知られてますが 本国ではビバンダム(愛称:ビブ)と呼ばれて親しまれてるらしい

生まれたのは1898年 白い理由は 当時高級品だったタイヤは一つひとつ白い布や紙で包まれてたから。 タイヤの怪物として描かれ 不気味で怖かったビブくんも 時代と共に表情柔らかく笑顔になってきたようで・・・

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秋の想い出@鳥取

2016. 11/21-23 鳥取市で開催した「JAZZの肖像/JAZZの造形」展は ぼくにとって写真家歴40周年を記念する 有意義な展覧会になった。
Img_3333s 息子の大きな節目とあって 大阪から両親が駆けつけて 盛会を喜んでくれた。

100点を超える作品のキャプションをひとつひとつ丁寧に読んで・・・

「こんだけの写真 よぉ撮ったなぁ・・・」と父

「私の自慢の息子やわぁ・・・」と母 

父:93歳 母:92歳 足許が少々危なっかしくなってきたけど 二人ともいたって元気

鳥取砂丘を見たことがないと言うので 寸暇をいただいてプチ親孝行 展覧会盛況の喜びにプラスして もうひとつこの秋に嬉しい想い出ができました。ありがとう!

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ウチヤマ3兄弟

1963(昭和38)年秋
繁12歳・久美子10歳・朗7歳、52年前のウチヤマ兄妹弟

このまま音楽の道を進んだら、それぞれが一体どんなピアニストになったか想像すると面白い。
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残念ながら誰も音楽の道を選ばず、写真家に・英語教師に・建築家になった兄妹弟。職業にはしなかったけど、幼少のころ音楽に親しむ環境と機会が与えられたことは大きいと思う。

ぼくはジャズ・シーンを撮るカメラマンになりジャズ・バーのマスターに、妹の家には今もピアノがあって、弟はサックスをいじくり回す、皆音楽愛好家になった。決して裕福でなかったサラリーマン家庭の我が家でこの時代に子ども達全員にピアノを習わせた両親に感謝。

ピアニストになり損なったけど、自然を愛し動物を愛し家族を思いやる妹に、誕生日おめでとう!

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くちびるに歌を(手紙~拝啓十五の君へ~)

美しい空と海、小さな教会が点在する長崎県・五島列島の中学校を舞台にした、現代版「二十四の瞳」
アンジェラ・アキの名曲「手紙~拝啓十五の君へ~」をモチーフにした小説­の映画化。

昨年・一昨年と2度訪れた島のロケーションマップを見ると、懐かしい旅の思い出が蘇る。 ぼくらの旅に同行した五島のアイドル:ベベンコ ビッチ もこの映画に関与しておるらしい・・・150319b

涙腺の詰まり解消に役に立つ青春ドラマ♪

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東京ミチテラス2014

開業100周年の「メモリアルライトアップ」と言う事らしい・・・誰がやったか知らんけど、東京駅がもんのすごいグロテスクな照明されて気持ち悪いぞ。

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列に並べとか立ち止まるなとか、写真撮ったらさっさと進めとか、言われながら見たくないわ!

結局、丸ビル上階のレストランで一杯呑みながら、愚かな群衆とキモい照明された駅舎を見下ろして感慨に浸ったX'masのオレであった・・・

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うどん酒場 from 香川

初めての店で、いきなり大盛り要注意!(腹ぺこボーイには嬉しい600グラム)
141225a_2 善通寺(香川県)「こがね製麺所」が恵比寿に来たぞ!

事務所に近いから、ランチメニューの定番になるね。

だしは甘め・・・わかめご飯はもっとわかめを蒸らしてから出してくれたほうがいいと思うぞ。

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引っ越した!

十数年住み慣れた住み家を引っ越した。

準備の時間が少なかったから、ほぼ不要品の山と粗大ゴミ寸前の家具共々の移動で、新居はたちまち関東大震災直後の有様。

大切なモノの捜索活動と、すぐ使いたいモノの救出作業・・足の踏み場と寝床の確保に戦いの一日
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引っ越し遍歴
1)写真学校に入るため二十歳で上京して、最初に住んだのは三鷹の安アパート 駅歩10分・六畳ひと間・風呂なし・洗面所便所共同

2)写真学校卒業後、吉祥寺で出会った素敵な婦人警官と同棲するため南青山に引っ越し カメラマンとしてメ一杯カッコつけたくて南青山日赤通りへ(間もなく破局)

3)長谷川きよし事務所に勤務していた(その頃は素敵だった)女性との結婚を機に、もぉちょとマシな所に引っ越し・・まだまだカッコつけたい年頃で同じく南青山(まだ破局してない)

4)長女が3歳の時、妻の実家に近くもぉちょと広い所(世田谷区)に引っ越し バブルの頃は同フロアに2軒借りてマンション内別居(すぐにバブル崩壊で同居を余儀なくされる)

5)第2子が生まれた頃、老朽化マンション取り壊しのため立ち退き(同じ世田谷区内に)転居 長男は結婚して、長女は勤務先の寮住まいになって(6回目の引っ越しする事にした)

43年間に5回の引っ越し、多いか少ないか?

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クルマ売ります!

ホンダ:モビリオ(黒)
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2002年式・車検:2015年8月22日まで・走行距離:約9万6千キロ・ETC付

キズへこみあるけど無事故 3万円で譲ります〜(譲渡にかかる費用はご負担ください。)

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朝日新聞 朝刊30部くださ〜い!

ぼくの親父(内山馨)がやった事(犯罪ではない)に関係する記事が掲載された朝日新聞(数軒の営業所を駆け回って集めた、朝刊30部)

140611s 「連載された3日分の朝刊を10部づつ買っといてくれ。」と父に頼まれた。

記事の取材に際してお世話になったひとに、お礼を兼ねてこの新聞を送りたいと言う

近所の販売店に行けばいんでしょ、と行ってみると・・・販売店にバックナンバー、せいぜい1部か2部ずつしか置いてないんだね。

「父を捜して:オランダ日系2世の戦後69年」として、朝日新聞(6/1・6/2・6/3)朝刊に連載された。

父は軍人として戦中ジャワ(インドネシア)に駐留し、戦後は新聞記者として勤務した経験と知識・人脈を生かして日系2世オランダ人のために、日本での父親探しの協力を今も続けている。

関連記事
内山 馨(うちやま かおる)90歳
父を捜して [上] 朝日新聞 2014/6/1
父を捜して [中] [下] 朝日新聞 2014/6/2・6/3

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父を捜して [中] [下] 朝日新聞 2014/6/2・6/3

インドネシアを植民地としていたオランダの女性と、戦時中にインドネシアを占領した日本軍の関係者との間に生まれた日系2世。戦後オランダに引き揚げ、人生の晩年迎えた多くの2世たちは自らの「ルーツ」への想いを募らせ、日本人の父親を捜している。
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ぼくの父(内山馨)は軍人として同国に駐留し、戦後は新聞記者として勤務した経験と知識・人脈を生かして日系2世オランダ人のために、日本での父親探しの協力を続けている。

「父を捜して:オランダ日系2世の戦後69年」として、朝日新聞に連載された記事を紹介。

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内山 馨(うちやま かおる)90歳
父を捜して [上] 朝日新聞 2014/6/1
父を捜して [中] [下] 朝日新聞 2014/6/2・6/3

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